溝端健太オフィシャルウェブサイト

鼓めんと

2019年11月13日

カンボジア滞在記 最終稿

「生きていくということ」

現地最終日にトンレサップ湖にて、
水上生活を送る人々の様子を見にいきました。
ここは1つの観光地ともなっていて、
茶色く濁った湖の上を幾千もの船が往来しています。

30分程湖を渡り、
たどり着いた先には観光客向けに、
ワニのエサやりが見られるという場所。
エサとなる生きたナマズはいけすの中にいます。
それを少女が懸命に網ですくうのですが、
一向に捕まえられる気配はなく・・・

とうとう、少女がいけすにジャボン。。
カゴを片手に首元まで茶色い水に浸かりながら、
捕獲を試みます。
しかし!ナマズも生きるのに必死。
捕まってなるものかと逃げ回ります。
カンボジア滞在記 最終稿



すると、
その様子を近くで見ていた一人の日本人女性が、
茶色い水に浸かった少女を憂い、
「可愛いそう」と言い残し、その場を立ち去りました。

「可愛いそう」に映ることも理解は出来ますが、
果たしてそうでしょうか...

彼女にとってはこれが仕事。
ナマズを捕まえて、エサやりを見せる。
そうする事でお金が稼げる訳です。

何よりも彼女は笑顔なんです。
まるで捕まえることを楽しんでいる様子。
顔に水が掛かろうが、髪が濡れようが、
口に水が入ろうが、、
カゴを振り回してまた笑顔で捕まえにいく。

結局、その時はナマズが逃げ切り、
捕まえることは出来ませんでした。

僕が見ていたのは10分間くらいかな。
ワニの捕食のためではなく、
それはもう彼女の笑顔に胸惹かれて。
カンボジア滞在記 最終稿



ここまで来る僕たち観光客が乗った船にも、
村の貧しい家族が小さく古びた舟で横付けして、
物乞いをしてきました。

直前までは笑顔だったその家族も、
近くに来た途端に悲壮感を見せてきます。

演技ともとれるこのお芝居が、
あの家族にとっての仕事なんです。
(地雷で被弾した人達も、
観光客が近づくとあえて義足を外したりします)
見栄や世間体なんか関係なく、
生きるために働いているだけ。

その芝居の種類が異なるだけで、
お金を得るために太鼓を打つ僕と、
そこになんら違いはなく。
(もちろんお金だけではないけれど)

物乞いする家族も、
茶色い水に浸かりナマズを追う少女も、
そして逃げ回るナマズも、
みんな命を燃やしていました。

それが「生きる」ということ。
「生きていく」ということ。

カンボジアを過ごす中で、
そんな風に感じました。
カンボジア滞在記 最終稿



いいところですよ。
カンボジア



Posted by Kenta Mizobata at 18:48

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